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【詩】「晴天のグリッド」 [詩]

「晴天のグリッド」

 

少女のすきなもの

秘数3

解読のコード

デザインと写真

深き

精神分析的内容

論理的形式主義

模範的言語学

いまの楽しみの向こう側の

なにか他のものである快楽

意味と無意味のゲーム

カオスの宇宙

でもそれは言語と無意識の

結婚式

すでに結ばれ祝われて

ある でもさらに

結ばれ祝われる

クロスワードパズルの

空欄

たれ!

 


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「かつてこんな歌人がいた」 [なんとなくエッセイ]

「かつてこんな歌人がいた」

 

1960年に20歳前後の大学生であったということは、その〈情況〉が心情に影を落とし、今の同じ年頃の学生からは絶対に考えられない心情に囚われていたと思われる。本なども多く読み、深く思索していた。そのなかでどうしようもない閉塞感に捉えられ、感受性のゆたかな人間は、あるいは自殺への道を辿ったかもしれない。岸上大作はそんな若者の一人だった。しかし、ほかの似たような心情に囚われた若者と違っていたのは、彼が歌人として才能を持ち、すでにすぐれた先達から評価を受け始めていたということだ。私の手元にあるこの文庫本は、昭和四十七年発行、四十八年三版のものである。吉本隆明が解説を書いていて、岸上との「わずかなふれあい」と、深い内省のなかへの取り入れを、丁寧な手つき、誠実な記述で、岸上大作という「歌人」を紹介している。

 

  そのなかで吉本は、文章をおおやけにするものの責任と覚悟について書いている。読者である若者が、その文章を過剰におのれのなかに取り込み、彼の人生の進路を変えたとして、そんなのは読者の勝手であっておれは知らないといいきれるか? というようなことを問うている。事実、岸上は吉本に接しているが、それは講演を頼みにいった「国学院大学短歌研究会」の学生としてであり、その後大学からの許可が下りずにふたたび断りにいった。たったそれだけの「関係」であるが、吉本は、むしろ、あまり気のすすまない仕事がなくなりホッとし、岸上は、吉本隆明という尊敬する人物に対して心から恐縮してしまった──。

 岸上の自殺には、さまざまな要因があろうが、その時代の〈情況〉が彼をそのような心情にしたことは確かだ。とりわけ吉本は、岸上の「貧しさ」に目を留める。それは非常に重要なことのように思う。家が貧しい学生と、家にゆとりのある学生では、この時も、いまも、その「心情」に大きな差が出てくる。これは、おそらく今も変わっていないはずだ。貧しい学生が往々にして私立大学に行かざるを得ないのは、十分に勉強に集中するだけのゆとりが、心情的にも即物的にも、与えられていないからだ。そんな出発点からして、すでに違っている学生たちが、マルクス主義などをかじり始める。そして、それは、頭の中だけで展開する「思想」となるか、現実との乖離を露呈していく「空論」となるかに、大雑把にいって枝分かれしていく──。

 嗚呼! 中国共産党は誰もマルクスなど読んでない(爆)と暴露されるのは、五十年後である。そこにはネットもあって、どんなバカでも「文章をおおやけにする」時代である。誰も、名のある著述かでさえ、自分の文章をおおやけにすることの責任なんて考えもしない。かつて、こんな時代がありましたと、思い出せるのは、ほかでもない、岸上大作の歌である。引用歌はすべて、「岸上大作小論」を書いている、吉本隆明の選んだ歌から選んだ。

 

 呼びかけにかかわりあらぬビラなべて汚れていたる私立大学

 

 (「意思表示」)

 

 美化されて長き喪の列に決別のうたひとりしてきかねばならぬ

 (「しゅったつ」)

 

 欺きてする弁解にその距離を証したる夜の雨ふらしめよ

 

 (「しゅったつ」)

 

 人恋うる思いはるけし秋の野の眉引き月の光にも似て

 

 悲しきは百姓の子よ蒸し芋もうましうましと言いて食う吾れ

 

 恋を知る日は遠からじ妹の初潮を母は吾にも云いし

 

 ひっそりと暗きほかげで夜なべする母の日も母は常のごとくに

 

 白き骨五つ六つを父と言われわれは小さき手をあわせたり

 

 (「高校時代」)

 

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地震情報@20180618 [日常]

愛知県豊橋市の実家の2階で寝ていたが、かなり揺れた。その前に大雨も降った。本日福岡へ戻る予定だったが、新幹線「払い戻し可」のメールが来たので、明日に変更した。震源近くの方々ひき続き警戒を!

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【詩】「ラストタンゴ」 [詩]

「ラストタンゴ」

 

宇宙の底深く、なにかの脱け殻

宇宙は、重力の微差ではじまったというが

そもそもはじまりとはなんなのか? あえて

死者たちに問わねばならない せめてもの

はなむけ わたしは

FBI特別捜査官ニッキー・アンダーソンと

タンゴを踊る ネルヴァルが縊死し

朽ちはてたその場で

これは、現場ですか? それとも

時間旅行ですか? それは

ホログラム いつでも同期

できるんです AIの心の傷は、ほら

天の星々となり 決して表情を変えない

アンダーソンはわたしを死ぬほど欲している



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「落柿舎にて」@20180614 [旅]

「落柿舎にて」

 

「予は猶暫とゞむべき由にて、障子つゞくり、葎引きかなぐり、舎中の片隅一間なる處伏處ト定ム。机一、硯、文庫、白氏文集・本朝一人一首・世継物語・源氏物語・土佐日記・松葉集を置く、並に唐の蒔絵書たる五重の器にさまざまの菓子盛、名酒一壺杯を添たり」(芭蕉『嵯峨日記』より)

 

「嵯峨日記」の書かれた、落柿舎にて。

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「定家に会いに」5(ゴール) [短歌]

「定家に会いに」5(ゴール)

 

小倉山二〇一八夏の色定家にあひたるひるぞうれしき

 

To see Teika 5 (goal)

 

At Mount Ogura

Year of 2018 in the color of summer ;

How happy to see Teika's spirit 

In the broad daylight.

 

(京都嵯峨野、小倉山のふもとから中腹に建っていた定家別荘地跡にある常寂光寺にて。時雨亭跡地の石碑などあり。定家はこのゴージャスな別荘地で、「新古今和歌集」などを編集したと言われる)



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「定家に会いに」4 [短歌]

「定家に会いに」4


 


目覚めれば青いもみぢをふく風に水無月のゆめいとゞふりゆく


 


To see Teika 4


 


When I wake up from a nap,


The wind that blows through


The green leaves of maple,


The dream of June slips


Farther and farther away.


 



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『万引き家族 』──確信犯的(★★★) [映画レビュー]

 


 


『万引き家族』( 監督是枝裕和、2018年、原題『SHOPLIFTERS』)


 


 本作は、是枝作品としては決して最上の作とはいえず、かつ、カンヌ映画祭で、柳楽優弥に14歳で最年少主演男優賞をもたらした、『誰も知らない』の、自己模倣作品と言える。テーマ的には一歩も進んでおらず、『誰も知らない』が発表された2004年には、この種のテーマはまだ衝撃的であったが、2018年6月現在、本作の5歳の少女りん=じゅり、の行く末が、現実の虐待事件の被害者の5歳の少女の「日記」「もうゆるして」と重なり、ついに、現実の方が映画を超えてしまった。そんな現実を、こうした14年前と変わらない問題意識で、カンヌ映画祭の2018年の審査委員長(の好みが審査を大きく左右する)ケイト・ブランシェットをはじめ、レア・セドゥなどの「お嬢さま」女優たちが、北朝鮮の風俗を覗くがごとく、バッチイ家にぐだぐだ犯罪を犯しながら暮らす、疑似家族の生態を見たなら、なんらかの衝撃は受けるだろう。以前、カンヌ映画祭で、パルムドール(最高賞)をとったとかいう、カンボジアの映画を観たことがあるが、そのあまりのひどさに辟易したことがあった。来世信仰と、川やジャングルがゆらゆら揺れているだけの映画であったと記憶する。


 


 フランスの大衆紙『フィガロ』が、日本政府は是枝の受賞を無視している、てな記事を載せたが、ノーベル文学賞を取った、イギリス人のkazuo Ishiguroも同様の日本人としてカウントしているのが、なんだかな〜(笑)であった。あわてたかどうか、文化庁だかが祝賀会を開いてやると言ったのを、是枝は、「公権力とは距離を取る」と拒否。しかし、「カンヌ映画祭」もフランスの「国家権力」が支援しているお祭りなんですけどね(笑)。


 


 さて、本作であるが、まー、役者は魅せますね。70代から80代の老婆なら、何十種類も描き分けることのできる樹木希林の、「今度の老婆は?」という興味もあるし、毎度観ていて安心する演技力である。彼女が是枝を支えているといってもいいくらいだ。彼女の是枝作品ですきなのは、『歩いても歩いても』(2007年)である。樹木希林と原田良雄の夫婦は、なにごともなかったかのように過ごしてきたが、希林はただの老婆ではなく、夫の過去の過ちに固執していた色香の片鱗が作品全体を覆うオトナな作品であった。岡田准一が父の仇を捜す浪人になって長屋に住み、長屋の人々と交流する時代劇『花よりもなほ』(2006年)もほのぼのとしたものと皮肉が効いていて将来性を感じさせるものだった。子ども中心の希望を描いた『奇跡』(2011年)すがすがしくユニークだった。それがある時期から、通俗に引きずられ、「受け」を狙うようになった感がある。『三度目の殺人』はその最たるものであった。


 


 先にも書いたように、本作は名優を揃え、テーマ的にもイケると思ったのだろうが、現実が先を超してしまった。さて、どうする?


 


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「定家に会いに」3 [短歌]

「定家に会いに」3

 

獣のまなざしはひかりばかりをゆくへとて茄子より冴える真昼の空

 

 

To see Teika

 

Only the look of the animal,

Still bright, indicates

Where the light went :

The brightness of the midday sky

Is clear to bear than the flower of the eggplant.

 

****

 

(写真は、とりあえず花をつけたベランダの茄子)

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「定家に会いに」2 [短歌]

「定家に会いに」②

 

見わたせば花ももみぢも青のなか二〇一八夏のベランダ

 

To see Teika 2

 

In this wide landscape

There are trees as maple

All of green now

2018 summer in my veranda.

 

****

 

(写真は、拙宅ベランダよりの眺め、定家自筆「明月記」(ドナルド・キーン著「日本文学の歴史4」(中央公論社)より)

 

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