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【詩】「いまはひたすら霧のなかをさまよいたい」 [詩]

「いまはひたすら霧のなかをさまよいたい」


 

  分水嶺を超えれば、誰でも死ぬ。しかしその分水嶺というのがどこにあるのかわからない。それはひたすら霧のなかをさまよっているようなものだ。乳鉢を伏せたような丸い山、蛇がうようよいて近づけない山、あるいは私が幼少時に見ていたような、遠州の、三角形をいくつも連ねたような緑の山。いろいろな山を心に浮かべながら、霧のなかをさまよう。国家とか民族とか言語とか宇宙とか意識とか思念とかそういうものはすべて霧のなかに溶けている。決定とか光とか闇とか刑事とか縄とか逮捕とかそういうものもすべて霧が隠している。ギリシア神話では母の女神がアエネーアースを霧で隠す。オデュッセイアーでも女神がオデュッセウスを霧で隠していたように思う。言わば、母心の霧。そんな真珠色の霧に包まれて、どことも、いつとも、しれない場所、時間を、ひたすらさまよいたい。名前も性別も解かれ、変身への欲望も消え失せ、自我も忘れ、頭上にひょいと現れる分水嶺だけ、待っていたいものだ。


 


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