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『新潮 2017年 08 月号』──文芸誌の終わり(★) [Book]

『新潮2017年08月号』(  2017年7月7日、新潮社刊)

 

 かつては作家志望者のあこがれであった、大手出版社の文芸誌。採算は取れなくとも、それを持っているかどうかで、出版社のハクもついた。しかし、すでに、集英社の『すばる』は、『現代詩手帖』と化し(笑)、ジュンク堂福岡店の店頭にはない。手に取った記憶では、内容まで、「現代詩手帖」のように、詩の特集があり、詩人たちが朗読について鼎談をしていた。『群像』の今号の「目玉」は、『新潮』を生息地としていた古井由吉が、河岸を変え(?)、連載を始めたことで、冒頭はその作品だったが、日本人作家お得意の「連作」形式であった。つまり、短編をいくつか重ねて、「ニュアンス」で長編にしていこうというやつである。構成を熟考する必要もなければ、キャラを作る必要もない。「大御所」「有名作家」を呼んできて、なにか具につかないことを書かせればいい。それは、短編にもいえて、本誌冒頭の川上未映子の、どーでもいいような世界を、凡庸な文章で書いた作品にもうんざりである。本誌で「なにかありげな」浅田彰、東浩紀、千葉雅也の鼎談は、よその場所で行われた、「浅田彰還暦記念」(笑)の鼎談を、一部割愛して掲載したものである。題名が、「トゥルースなんたら」とあったので、私などは、ドゥルーズと読んでしまって、もう少し読みでのあるなにものかかしら?とやや期待した。この三人は、最高学府で、おフランス現代思想を専攻し、留学もできて、そこで、日本人の一般読者より先に「現代思想」に触れたのを、日本向けに「書き直し」てブームになった方々である。それは明治維新の外国文学輸入に、少しは似ているかもしれない。

 連載、コネ吹……もとい、朝吹真理子のだらだら文章にもうんざり、オバマが広島を訪れたことを、契約結婚して子孫を残そうとしている「夫婦」?の一人が、そんなテレビだかなにかを見ていろいろもの思うのでなにか、思想とか政治的なことを語っていると思ったら大間違いだ。この作家は、1984年生まれで、33歳ぐらいになるのだが、まったく同じトシの男性で、Facebookで、作品を発表し、かなりグレているやつを私は長い間「観察」(笑)してきが、才能はむしろ、その男に多くあると感じられるが、職もなく、しかし実家はそれなりに支えてくれているほど貧しくはないのだろうが、ケンカをしては豚箱に入り、精神病院にも入っていたようで、最近は念願の童貞も捨てたようだが、どーだろうー? 彼は、彼があこがれる無頼派作家、ブコウフスキーのように無事、才能のきらめきのなかで「夭折」できるだろうか? 

 あ、そういえば、かつては純文学作家だった、佐藤正午さんが、デビュー34年でやっと「直木賞」をお取りになったようですが、彼には、「岩波書店」という強い味方もついていたようであるが。果たして、そんなふうになれる道ももはやあるようには思えない。

 文芸誌は、既に名のある人か、話題の若者の、巣窟となっており、一度つかんだチャンスはゼッタイに放しそうにない必死さが、凡庸の文章の行間に滲んでいる。ついでに言えば、季刊の『文芸』は、判で押したように、最果タヒの連載開始であるが、この詩とも短編ともつかない短い文章の寄せ集めは、なるほど、「映画化」も可能であろう(笑)。

 つまりは、誰も買わない。誰も読まない。読んでいるのは、作家志望者ばかり(含む自分(爆))。もう、こういう場所に一度や二度、載ったからといって、いったい誰に、「ねー、買って買って!」と言えばいいのか。もー、いいよ。自分で出版社やって、少なくとも、小林秀雄や河上徹太郎が、書いていた基準のものへ少しでも近づくことをしたいだけだ。

 トランプ大統領の前で、「ハローさえ言えなかった」と、アメリカのメディアで呆れられた、どこたらの首相夫人のような、ひどいレベルの文学状況である。あ、ついでに言えば、「サブカル」も「オワコン」である(笑)。




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