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『ダンケルク』──スピルバーグは軽く超えている(★★★★★) [映画レビュー]

『ダンケルク』(クリストファー・ノーラン監督、 2017年、原題『DUNKIRK』)

 

作品というものは、今を生きる時代と切り結んだものでなければならない。ゆえに、第二次世界大戦の「フランスの浜辺の戦闘」を描くにしても、もはや、スピルバーグの、やたらと銃器音だけがリアルな、しかも、マット・デイモン主役の『プラベート・ライアン』は、もはや古いと言わざるを得ない。

 クリストファー・ノーランは、もっと「個」に焦点をあて、その状況を再現しようとしている。「物語」ではない。しかし、最低限の「物語」は存在するというか、「物語」なしにはなにも進まないだろう。

 

 本作の主役の青年は、無名の俳優で、中心になる若い兵士は、フランス兵さえも、どこか顔が似ていて見分けがつかない。しかし、主人公のあごには、天然かどうかわからないが、ホクロがあり、それが見分けのポイントになっていた。

 主人公が歩くフランスの街が、冒頭に少しだけ出てくるが、これが街路にバリケードが作られ、これだけでいかにもフランスだとわかる。これは、ベンヤミンも指摘している通り、フランス革命からの伝統なのだ。観客はしだいに、海辺に導かれ、主人公の若い兵士は、砂浜で排便し、便を埋めようと砂を掘ると、人間の手足が出ているのに気づき、少し先に、人を埋めている兵士がいる。近づくと、その兵士は、自分の水筒を渡して水を飲ませてくれた──。

 やがて二人は、敵の空襲に巻き込まれていく──。

 

 本作が何を描きたかったかといえば、人々の助け合いである。民間船の活躍、けが人のタンカを必死で運ぶ、主人公と彼の仲間、パイロットの仲間を気づかう姿──。それを、大画面(IMAXで鑑賞)のなかに、観客を戦場へ誘い込むように描き出す。われわれは、パイロットと同じように空を飛び、海に投げ出された兵士たちと同じように水のなかでもがく。敵兵はほとんど描かれず、飛行機の形だけである。海岸線の広さと、兵士たちの列、確かに40万人はいないかもしれない。しかしこれは、ごく一部のできごとなのだ。それをCGを使わずに組み立てるのは、やはりすごいとしか言いようがない。そして、感傷は極力抑えられている。



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