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式部の愛 [文学]

 昨日(10月27日)は、満月だった。雲の間を出たり入ったり。こんな月を見ると思い出すのは、あの歌。


 


 めぐりあひて見しやそれとも分かぬ間に雲がくれにし夜半の月かな


 


 これは、紫式部が同じ受領の娘である幼なじみと、束の間の再会をしたときに詠んだと言われるが、その時期は、七月十日、いまの暦でいえば、八月末頃である。


 一方、今の季節にふさわしい歌は、「勤務先」の藤原道長邸の、年下の同僚、小少将の君が宿下がりしている寂しさを、彼女からの歌の返歌として詠んだ以下の歌。そこには、同性愛を思わせるような「愛」が滲み出る。


 


 ことはりの時雨の空は雲間あれどながむる袖ぞかはくまもなき


 


 小少将の君は、道長の「公式の愛人」であったと言われる。そういう「職」があったようである。



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『マジック・マイク XXL』──ストリップが芸術になる時(★★★★★) [映画レビュー]

『マジック・マイクXXL』(グレゴリー・ジェイコブズ監督、2015年、原題『MAGIC MIKE XXL』


 


 前作でかなり印象的だった、リーダーのマシュー・マコノヒーが消えた。どこかへトンヅラしたという設定だったが、まあ、アカデミー賞俳優になってしまったので、こんな「キワモノ」には出てられないということなのでしょうか。しかし、マシュー・マコノヒーが出ていたストリップは、ややえげつない商売だった。彼が「消えて」、なにか純粋な少年みたいな魂が残った。


 マイクが仲間の一人に言う。「ほんとうに消防士なんかすきなのか?」前作で、消防士に扮して、だんだん脱いでいく設定だった。ここで、ストリップの「コンセプト」が変わる。稼ぐための手段が、自己実現するものへと。ほんとうに自分がすきな仕事の扮装をしよう──。そして、ある者は絵描きに、あるものは移動アイスクリーム屋になる。もちろん、マイクは、「家具職人」である。


 肝心のダンスは、ストリート系を基本としながら、独自の展開を見せ、ついに、「究極」の世界を表現する。究極のセックスの世界。そこでは、女は、つねに崇められる女王である。


 かつて、作家の橋本治は、「すべての女は美しくあるべきだ。そうなれないのは男が悪い」と書いていた。本作では、それが実現されている。思えば、ソダーバーグ(今回、製作総指揮だが、まあ、彼の作品と言ってもいいだろう)のデビュー作、『セックスと嘘とビデオテープ』(そのヒロイン、アンディ・マクドウェルが、とんでもない熟女役で本作に出演している)の頃から、「セックスと嘘」というテーマは貫かれている。女性をすべての、セックスにまつわる「嘘」から解放する──。


 もともとは、主演チャンニング・テータムの「自伝」でもあるという。たしかクレジットには、制作にも名前を連ねていたような……。あの眼差し、あの肉体。そして、あの踊り──。21世紀の天使のような男だ(笑)。

 

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けふの一句@20151020 [俳句]


 秋深き隣は何をする人ぞ  芭蕉


 秋深し炭鉱離職者てふ昔あり  山下


****


(拙句は、 をり絵(草間かをり)さんの「鰯雲炭鉱からの転校生」という句にインスパイアされて作りました)


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『ヒトラー暗殺、13分の誤算』──歴史に残るべき人物(★★★★★) [映画レビュー]

『ヒトラー暗殺、13分の誤算』( オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督、2015年、原題『ELSER/13 MINUTES』)


 


 ナチスの非道を暴いた映画は数々あるが、本作は、ユダヤ人でなく、ドイツ人がヒトラーを告発する映画である。しかも、なんら組織とは関係なく、一人の個人が、ヒトラーの悪を実感し、なき者にしようと計画を立てる。この人物、ゲオルグ・エルザーは、歴史に残るべき人物である。誰の助けも借りず、ヒトラーを消そうとする。しかも狂信的な政治的人物ではない。ごく普通の家具職人である。しだいに堕ち込んでいく自分のまわりを見るにつけ、これではいけないと思っていく。なんとかしなければ──。彼には「才」があった。この才は、時代が違えば、べつの分野で生かされたかもしれない。ナチスの力が頂点である時代に、ヒトラー暗殺を計画(演台付近に爆薬をしかけるも、すんでのところで、ヒトラーは場所を移動)したが未遂に終わる。逮捕され、拷問にかけられる。秘密警察は拷問がすきである(笑)。ヒトラーの姿は遠目の演説以外出てこないが、「総統から命令」として、秘密警察の担当者に届けられる。つまり、「陰で操っている組織を探れ」。ナチスが、たった一人の庶民の男によって倒されようとするなど、あってはならないことである。


 しかし、実際は、あった。事実は、大戦終結直前まで伏せられ、男は、収容所でそれまで生かされ、密かに処刑される。


 マーク・ラファロを若くしたような風貌の、ゲオルグ役のクリスティアン・フリーデル。現代ならかなり魅力的な男を、時代の中に溶け込ませて地味に演じる。原題は、役名の『エルザー』だから、一人の英雄を描いた作品と言える。


 秘密警察内部もいろいろあって、すぐにゲオルグの勇気、知性に、これはたった一人でやったんだな、と納得する幹部もいれば、あくまで、「総統の意志」のもと、「陰で操るやつを自白させようと」拷問を繰り返すやつもいる。前者は後半、処刑される。技術者を立ち会わせて、爆弾をいかに作り、セットしたかをゲオルグに説明させるが、技術者は、ゲオルグがほんとうにその装置を一人で作ったことを証明するばかり。つまり、「裏」はいない。


 ナチスは、彼を「英雄」にしないために、生かし続け、頃合いをみて密かに葬るしかなかった──。


 ドイツは、自国民が犯した過ちを見つめ続け、それはさらに掘り下げられている。どこかの国とは大違いである。

 


 


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【詩】「détail論」 [詩]

【詩】「détail論」


 


controproposta :反対提案


 元老院議員たちは去り


 岸辺に押し寄せる異民族の眠り


 汝の父は火


 それを知った時の深い哀しみ


 今も草の上に残る


 円環


 


Controrelazione : 修正報告


 人嫌いの支那人の庭園


 その昔は豊かな王国であったところの


 痕跡が


 彼をして出発せしめる


 たとえ


 幻が父であったとしても


 かつての母語を


 ひとつ、ふたつ、思い出すべき


 


controporta : 二重扉の外戸


controricevuta : 再領収書


 お察しのとおり


 ベラックァは


 ザリガニを茹でながら


 人生で二度と


 使わぬコトバを


 勉強中


 diacronia : 通時態(論)


 dislalia : 構音障害


 幸福とは?

 

 

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10月15日生まれの3人 [なんとなくエッセイ]

10月15日は、フーコー、ニーチェ、カルヴィーノの誕生日でした。たぶん、来年も同じでしょう(笑)。


 


ニーチェ(1844年(弘化1年、日本はまだ鎖国をしていました(笑))10月15日、プロシア生まれ)〜1900年(明治33年)8月25日、ワイマールで死去。享年、55歳。20世紀に届かず)


 


イタロ・カルヴィーノ(1923年(大正12年、日本では関東大震災)、10月15日、両親ともイタリア人の植物学者で、キューバで生まれる)〜1985年9月19日、シエナで死去、享年61歳)


 


ミシェル・フーコー(1926年(なんと!日本は昭和元年)、10月15日、フランスのポワチエで生まれる)〜1984年6月25日、パリで死去、享年57歳)


 


 


「死はひとりの人の終り。ひとりの人の死んだあとに残っているものはといえば、彼が他の人々に与えたもの、他の人々の思い出のなかにとどまっているものである。


 


  ノールバート・エリアス」


 


(『ミシェル・フーコー伝』(ディディエ・エリボン、田村俶(たむらはじめ)(新潮社)より)



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『アメリカン・ドリーマー 理想の代償 』──やっとアメリカが真実を語り始めた?(★★★★★)

『アメリカン・ドリーマー 理想の代償 』(J・C・チャンダー監督、2014年、原題『A MOST VIOLENT YEAR』


 


 およそ多くの観客の共感を呼びそうにない風貌の主人公、アベル役のオスカー・アイザック。そして同じく、あまり人気があるとは言えない女優、ジェシカ・チャスティン。この二人が夫婦で、1980年のニューヨークで石油ビジネスを始める。映し出される、ブロンクス行きの地下鉄が落書きだらけなのを見れば、いかに「危険な時代」かがわかる。大統領はレーガン。ラジオはしょっちゅう、どこそこの街角で殺人、みたいなことをしゃべっている──。


 アメリカン・ドリームなどというが、そんなものは、もしかしたら、どこにもありはしなかったのではないか? もちろん、原題はアメリカン・ドリームなどにはなんの関係もない、「A Most Violent Year」で、最も凶暴な年とでも訳せばいいのか。しかし、Mostに、不定冠詞のAが付いているから、こんな年が何度もあったのか。アベルは風貌にも似ず、高潔な起業家である。汚いやり口の横行する業界、時代、場所において、決して汚い手を使わずにビジネスを拡げようしている。そこへ、いろいろ、卑劣な妨害が入り込んでくる。画面は暗く、トーンも暗い。陰気臭い。カタルシスはない。ただただ、ニューヨークの、石油貯蔵所などの地味な場所が描かれる。銃も出てくるが威勢よくドンパチやるわけではない。『ゴッドファーザー』のように、「華麗な死体」が転がっているわけでもない。胸の空くようなどんでん返しもない。


 しかし、アベルの真摯なまなざしにしだいに引きずり込まれていく。ラテン系の男である。しかし軽いところはまったくない。警察も、検事も、正義の味方ではない。そんな時代に、どう生きるか。彼はハメられ、信用のあったはずの銀行からさえ見捨てられる。やけっぱちになって当然の状況をなんとか切り抜けようとする。経理担当の妻が隠し預金を作っていて助けられる。果たして、それを悪に染まったと言えるだろうか? 


 ジェシカ・チャスティンの役柄は、注目されていいだろう。女丸出しの恰好をしている妻であるが、ギャングの娘だったが、今は経理を担当。物憂げに計算機を、長いペンのようなもので打っている。その動作が何度も映し出される。セクシーなドレスをまとっているが、かなり実質的な映画である。


 われわれがこれまでアメリカ映画に期待してきたものは何も起こらない。それでも、確かに、これはこの時代の真実なのだろうと思わせた。


 


(写真は、2006年頃、私が行った、かなり安全になったニューヨークの、フェリーから見たマンハッタンのビル街。映画でも、こんな様子が映るが、もっと寂れた感じだった)

 

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「ヨーロッパに一匹の妖怪が徘徊している」 [なんとなくエッセイ]

Ein Gespenst geht um in Europa...


 


「ヨーロッパに一匹の妖怪が徘徊している」


 


この言葉が最近はときおり頭に浮かぶが、マルクス、エンゲルスの『コミュニスト宣言』では、このあと、「コミュニズムという妖怪が」と続き、「古きヨーロッパのいっさいの勢力が、この妖怪を退治するための神聖な捕り物に加わるべく団結している。教皇とロシア皇帝が、メッテルニヒとギゾーが、フランスの急進派とドイツの警察が」となる。


果たして今は、妖怪の姿はなんだろう? コミュニズムではなく、資本主義(Der Kapitalismus)か? もっと新しい概念の妖怪かもしれないが。


 


*****


 


ここに引用した、Manifest der Kommunistischen Partei の訳は、筑摩書房の『マルクスコレクション Ⅱ』の「コミュニスト宣言」(この箇所は、三島憲一訳)を使用している。従来なら、「共産党宣言」としているテクストを、この本では、「コミュニスト宣言」と訳している。そのわけは、凡例に説明されている。


 


「一八七二年、八三年、九〇年の各ドイツ語版のタイトルが単に Das kommmunistische Manifest となっていることからも窺われるように、ここでの Partei には今日的な意味での『党』をイメージさせるほどの強い意味はなかったと思われる。また共産党、共産主義などの訳語は、あまりにも共同「生産」組織としての側面を強調しすぎており、原語に含まれるコミューン(共同体)としての解放的ニュアンスが伝わりにくい。このニュアンスを生かすならば「コミューン派宣言」という訳語が原語に近いかもしれないが、本書では定着した訳語との懸隔を配慮して、「コミュニスト宣言」とした」

 

(写真は、ロンドンの寂れた感じ(?)のスタバ((白い文字のない)バンの向こう))

 

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