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『クーパー家の晩餐会』──マリサ・トメイ賛江(★★★★★) [映画レビュー]

『クーパー家の晩餐会』(ジェシー・ネルソン監督、 2015年、原題『LOVE THE COOPERS)


 

 映画というものは、本来エンターテインメントなのだから、わざわざ気分の悪くなるもの、見ていて辛くなるものなど見たくない。だから、私は、こうした家族モノがけっこうすきだ。家族モノとくれば、だいたい、離れば離れの家族が集合する機会がメインシーンに据えられる。結婚式か葬式か、クリスマス。クリスマスとくれば、「いろいろあるけど、なんとなく心ときめく」。そんなクリスマスの雰囲気を背景に生かした映画である。クリスマス時期、せめて11月頃の公開なら、なおさらよかったかもしれないが、まあ、しかたないだろう。


 第一本作は、実は、そういう、ありがちな、一族再会を超えている、というか、裏切っている。一族とはいえ、関係ない他人も入り込んでいる。娘のエレノアの、にわか仕立ての恋人ジョン、祖父の「親友」であるウェイトレス。息子は離婚「したて」の妻とやってくる。その息子、ハンクは実は失業して必死に求職中。エレノアは美人ながら不倫しており、なにをやってもうまくいかない。祖父のウェイトレスの友だちに、アマンダ・セイフライドが扮しているが、半分世捨て人のような気持ちを抱いて生きている。実は、このクーパー家の夫婦、父(ジョン・グッドマン)と母(ダイアン・キートン)も別れようとしていた──。一堂が集まる最後のクリスマスだから、盛大にやるわ!と、ダイアン・キートンは決意している──。ここに、父の叔母の婆さんと、母の妹のエマが加わる。それからハンクの三人の子どもたち。まあ、ありがちなすったもんだではあるが、配役が微妙に憎い。音楽も、クリスマス・ソングのアレンジ+ボブ・ディランだが、かなり洗練されている。


 印象に残るは、やはり、ダイアン・キートンの妹役、初老のエマ、マリサ・トメイと、万引きした彼女を逮捕してパトカーで「護送」する、ウィリアムズ巡査の、アンソニー・マッキーである。マリサの姉、ダイアンへの屈折した思い、そのはての(姉へのプレゼントの)ブローチの万引き(のしかたがすばらしい(笑)!)、その後の、警官とのやりとり。職務に忠実な警官は、あまり口をきかないようにするのだが、マリアは、あろうことか、(精神科医を騙って)彼の分析までしてしまう(笑)。前を見て車を運転しているだけの、アンソニー・マッキーの凜とした眼差しがすばらしい。


 「いろいろあってなー」(笑)、大団円は、アラン・アーキンのおじいちゃんが運ばれた病院(軽い脳卒中だった)での、みんなのダンスシーン。父母の仲直りのダンスにつられて、みんなが、それぞれの相手を見つけて踊り出す。そして、マリサ・トメイも、「踊ろう」と、姉の孫が誘ってくれる。「私と?」といいながら、両手をゴーゴーのように互い違いに上下に振り始める──、それが、まあ、『リ・ライフ』で見たとおり、板についたプロの踊りなんですね。


 はい、これらの物語の語り手は、クーパー家の飼い犬、セントバーナード犬(のように見えた)の、ラグスでした。それは「役名」で、ほんとうは、ボルトって名前がクレジットに見えました。声は、大御所スティーブ・マーチン。メリー・クリスマス!(あと、十ヶ月ほどあってもねっ(笑))。

 



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『キャロル』──いま、女が心地よい(★★★★★)(ネタバレ注意)

『キャロル』(トッド・ヘインズ監督、 2015年、原題『CAROL』)


 


 50年代のアメリカの街や衣装、小道具、二人の女優の美しさにばかり目を奪われがちだが、この映画、演出が相当行き届いている。だいたい、男がろくでもないやつというか、俳優も「イケメン厳禁」(爆)で、周到に出していない。テレーズの、軽く知り合ったボーイフレンドで、結婚まで申し込まれる男子も、凡庸な風貌の印象しかない。それは、キャロル(ケイト・ブランシェット)のダンナにしても、またこのヒトか、の名前は知らないが、ちょい古い時代の映画によく顔を出す、いわゆる「レトロ顔」の俳優である。


 いったいどこに「ミステリータッチ」が出てくるのか思っていたら、それは、旅先で知り合った雑貨のセールスマンが盗聴の探偵だったというものだった。これによって、二人の肉体関係が盗撮され、それが、離婚話の進む夫との間で、決定的に不利となる。つまり子どもの養育に問題ありと判断される。


 キャロルかテレーズ(ルーニー・マーラ)かの、どちらかが死んで終わるのかなと思っていたら、存外、「愛を確かめあうように見つめ合う」で終わったので、胸を撫で下ろした(笑)。


 だいたい、異性愛だの同性愛だのは、人間が後天的に「分類」したことであって、もしかしたら、「愛」などというものも、幻想なのかもしれない。しかし、友情のようなものが成立したら、その先に待っているのは、愛のようなものだ。「ストレート」などと言って威張っているが、それは、まあ、「生殖のための」便宜でしょう。もしかしたら、自分に正直な、知性的な人間だけが、そのような「分類」からはみ出して、なにかを獲得としていく──。それが、キャロルにもテレーズにも感じられた。キャロルは、この時代から大きくはみ出した自我の持ち主で、それを受けとめるのがテレーズである。この作品、「キャスティング」だれそれというクレジットが妙に目立った。それほど、キャスティングが重要なのである。そして、それは成功した。


 だいたい女同士の方が、心地いいに決まっている。男はここまで神経が細やかでないから、恋愛といっても、型どおりにしかできない。いつも緊張を強いられる。


 テレーズは貧しい移民の女子で、キャロルは上流階級の空しさに辟易している。そんな二人が心を暖めあえば、それは自然に愛になっていく。


 ケイト・ブランシェットの唇がすばらしく演技していた。ルーニー・マーラは鼻から下はそれほど美しくない。だから、丸い目元へ、スポットライトを当てていた。今、女が心地よい、そんなことを映画で感じさせるなんて、すごい演出家だ。

 



『スティーブ・ジョブズ』──これはジョブズではない。(★) [映画レビュー]

『スティーブ・ジョブズ』(ダニー・ボイル監督、2015年、原題『STEVE JOBS』)


 


 人類史上、画期的といえる仕事をしたのは、『進化論』のダーウィン、『資本論』のマルクス、『精神分析学』のフロイト、相対性理論のアインシュタイン、そして、これらに、スティーブ・ジョブズを付け加えてもなんら不足はない、というのがジョブズという存在だと思う。というのは、これまで専門家のものであったコンピュータというものを、一般の老若男女がお手軽に使えるものに変えてしまったし、アップルの存在は、確実に世界を明るくしている。アップルという会社のロゴひつとっても、一流どころのデザイナーに外注するなどして、およそ業界、市場、すべてを塗り替えてしまっている。こういう考え方はすべてジョブズの天才から出てきているし、ジョブズの紆余曲折を、たった三つのプレゼンテーション(これも彼の戦略のひとつではあったが)と、彼が若い時に作った娘リサ(今はりっぱなジャーナリストになっている)との確執を、セクシーで芸達者な俳優、マイケル・ファスベンダーを配して、なにやらイミありげに描いても、それは、「スティーブ・ジョブズ」のなにかを描いたことにはならない。


 ジョブズの業績で特質すべきは、自ら雇った取締役に会社を追われ、ゼロから、元いたアップル以上のものを作り上げたことにある。なにやら、精神病の病名をあげて、まるで彼の変人ぶりはそのせいだといわんばかりのレビューもあったが、実際にジョブズにも、その病気で苦しんでいる人々をも冒涜していると思う。ネット検索でにわかに仕入れた、三つのプレゼンテーションを、ジョブズのキャリアに置き換えて何か語ったつもりになっているレビュアーにも辟易した。


 ジョブズが考えたコンピュータ世界の片鱗も表現していないどころか、クサい父娘モノに終始している、なにが描きたいのかわからない本作よりは、アシュトン・カッチャーが演じたジョブズの方が、まだ、まだ何物でもない青春時代から始まって、インドへの自分探し旅行、ウォズニアックとの別れ、コカ・コーラのスカリーとの出会いと別れなど、年代順に描いていて、凡庸であったかもしれないが、ジョブズの人となりをよく表現していたと言える。ジョブズはなぜ、かつての友や仕事仲間を「捨てて」来たのか? それは酷なようだが、彼らに、ジョブズの考えが理解できなかったからだ。


 ファスベンダーは、本作の前に、「マクベス」も演じているが、そちらの方がお似合いの、まさに「マックベス」だ(笑)。何を演じても、おのれが出てしまう、大根役者といってもいいだろうと思う。従って、本作でも、ジョブズではなく、ファスベンダーそのものであった。


 また、音楽がダサい(笑)。エンディングの、ボブ・ディランの『シェルター』は、ほかの監督も使っていたが、あまりにお手軽感が否めない。さぞかし、あの世でジョブズは苦笑していることだろう(合掌、でいいのだ。ジョブズは仏教徒だから)。


 


 Stay hungry, stay foolish.



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『オデッセイ』──「2015年 火星への旅」(★★★★★) [映画レビュー]

『オデッセイ』(リドリー・スコット監督、2015年、原題『THE MARTIAN』


 


 ホメロスの『オデュッセイア』を知っていれば、主人公は生還することはわかっている。オデュッセウスは、エーゲ海を10年さまよい、結局故郷イタケーへ帰還した。また、この邦題は、『2001年宇宙の旅』をも彷彿とさせる。あの原題は、『2001: A SPACE ODYSSEY』であった。無重力の縦長空間を、乗組員たちが移動する姿は、まさに『2001年宇宙の旅』を思い出させる。


 さて、本作は、2001年さえ、「遠くなりにけり」の昔になってしまった「2015年、火星の旅」。衛星の月への「近距離の旅」に比べると、火星はやはり遠い(笑)。ゆえに、火星に関しては、勝手な想像力をつかったSF小説や映画が作られていた。「希望」の力だけ、火星へ行けたこともある(笑)。また、ネバダ砂漠に到着した火星人たちと、世紀の友好を結ぶべくテレビ中継されるや、実は凶暴で、人々の見ている前で次々に人が殺される映画『マーズ・アタック!』(1996年)なんてのもあった。この映画は、ジャック・ニコルスンをはじめ、グレン・クロース、ナタリー・ポートマンと、これでもかというほど豪華キャストで、「みんなで遊ぼー!」見え見えの映画であった。


 こういう「火星」&SF映画を思い出せば、隔世の感がある。本編にまったくのフィクションがないというわけはないと思うが、とにく、ハイテク、ローテク、最新科学情報を基礎にし、しかもそれを、物語のエピソードの中に盛り込みエンターテインメントに仕上げている。もはや火星に「火星人」はいない。いるのは、「新しい入植者」たる「取り残された地球人」のみである。彼は、そこで「生活する」ことによって、第1号の「火星人」(『THE MARTIAN』(原題))になる。本編には、天文学はもちろんのこと、宇宙工学、通信技術、医学、植物学のみならず、領土の関する国際法の知識も登場する。主人公の生還には、彼だけの知識だけでなく、世界中の科学者の知識が結集される。重要なのは、それが、ただの知識ではなく、基礎をもとにした応用であるということである。さらに重要なのは、人間の判断力が結果を決めたということである。(エネルギーを作るために、地下のプルトニウムを掘り出して、軽装で触っていて、核の影響を受けないのは非科学だと、非難しているレビュアーがいたが、NASAがそんなところを見落とすわけがない(笑)。分厚い専用の容器に入っていたように思いますが)


 原作に細かく書かれてるあるだろう技術、知識、とその応用であるだろうが、それをひとつひとつ物語を持った映像にしたところがすばらしいし、配役も、主人公のマット・デイモンをはじめ、女性の宇宙船船長である(これも画期的である)ジェシカ・チャスティン、NASAでの火星探査責任者に、奴隷にされた近代知識人を演じた、キウェテル・イジョフォーと、どの顔ぶれも、表情がリアルを生む作品だけに、知性を土台にした演技のできる俳優を起用したことも成功したひとつとなっている。今後は、夜空に赤く光る火星を見るたびに、本編を思い出すこと必至である(笑)。エンディング・ミュージック、私もiPodに入れて、ここぞという時聴いていた曲、『恋のサバイバル』(『I will survive』)だったのでうれしくなった。しかし、歌っていたのは、ダイアナ・ロスではなかったが。

 



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『白鯨との闘い』──俳優の肉体で再現されるアメリカ文学の神髄(★★★★★)(ネタばれ注意!) [映画レビュー]

『白鯨との闘い』(ロン・ハワード監督、2015年、原題『IN THE HEART OF THE SEA』


 


 原題の『IN THE HEART OF THE SEA』とは、本編の原作の題名そのままで、ファイルブリックの原作の冒頭の、『出エジプト記』第15章からの歌の引用、……and the depth were congealed in the heat of the sea.(深みは海の真ん中で固まった)から来ている。本編でも描かれる、「深みの真ん中」、それは、エドガー・アラン・ポーが、「壜の中の手記」で描いているようなものではないかと思われる。本編は、ポーのその描写にもひけを取らない「(海の)深みの真ん中」の様子であり、「鯨との闘い」というよりは、(おもに)アメリカ人たちの、海との凄まじい闘いを描いたものだ。それがいかに凄まじいかは、本編を見ればわかるだろう。なお、ヨーロッパ大陸の人々は、海ではなく、森と闘わねばならなかった。ゆえに、「森の真ん中」の冒険譚が多い。


 原作本によれば、19世紀の鯨油を取るための捕鯨では、それほど鯨の数は減らなかったという意見も、かなり減ったという意見もあるようだ。また、本編や、『白鯨』で描かれるような人間に反逆するような大型鯨は、このエセックス号の事件以降もたびたび見られたようである。


 この事件は、生き残りの乗組員たちが長期間ボートで海を漂い、カニバリズムまでいってしまったことのようであるが、さすがは、ポー、だれよりも早く、事件から16年後の1837年にはもうフィクション作品「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」を書き上げている。その後、メルヴィルが、もっとまっとうな、というか、一般向けの冒険譚として、『白鯨』を出す(だがそれは、成功しなかった。メルヴィルが、彼よりはるかにすぐれた作家として語られるナサニエル・ホーソーンより、はるかにすぐれていると評価されるまでには、まだ時間が必要だった)。


 本編は、これから公開される『マネー・ショート』のように、ノンフィクションを劇化している。そこに脚本家と監督の腕が見える。初めから、ただなぞればいいという「物語」はないのである。そこを、実在の人物ながら、本編のキャラクターとして、主演の一等航海士のオーウェン・チェイスをはじめ、物語の外枠の「語り手」であり、当時は14歳のキャビンボーイであった老人、「聞き手」のハーマン・メルヴィルなどを造型している。


 そこで俳優の肉体がものをいうわけだが、一等航海士のチェイスのクリス・ヘムズワースの美丈夫が、この冒険譚への品位とヒロイズムを体現している。そして、「聞き手」=「語り手」でもあるが、作家メルヴィル、これを、「007」のQを演じたベン・ウィショーが演じている。もうこれだけで、十分にエンターテインメント作品として完成している本作である。


 そういう下地をなにも知らずに見ても、そういうものをどこかに感じさせる、そういう作品こそ名作と言えるが、本編はそうなり得ていると思う。

 


 


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『エージェント・ウルトラ』──テッテイした漫画ワールド(★★★★★) [映画レビュー]

『エージェント・ウルトラ』(ニマ・ヌリザデ監督、 2015年、原題『AMERICAN ULTRA』)


 


 市井の、どちらかというとダメ人間が、ほんとうはCIAのエージェントだった……というストーリーが私は三度のメシよりすきで、なにがなんでも駆けつけねばならぬと思っている(笑)。Yahoo! レビュー欄で、レビュアーのbakenekoさん言及でうれしさ100倍の(笑)、『ロングキス・グッドナイト』(と、おまけに『ヒストリー・オブ・バイオレンス』)は、いまだにときどき思い出す映画であるが。かてて加えて、すきなジェシー・アインゼンバーグが、コンビニ店員から「変身!」とあれば、観る前から興奮!である。


 ま〜なんていうか、けっこう怒る人もいるのではないか、という映画である。マット・デイモンの「ジェイソン・ボーン」シリーズのパロディというか「裏ボーン・アインデンティティー」のような映画である。過去に3回ドラッグで捕まった人間を「被験者」として、CIAが人間兵器を作る計画をたて秘密裏に実行された──。「不必要になった時」、CIAから刺客集団が……。ってな映画はもう掃いて捨てるほどある。またかよ!と思うムキもあるだろう。CIAがチャチすぎる(爆)という意見もあるだろう。


 しかし、そこはさすが、『ソーシャル・ネットワーク』のジェシー・アインゼンバーグである。店番しながら漫画を描いている。その漫画が、「お猿のエージェント、アポロ」みたいな漫画で、その漫画が結構マジで独自な世界を持っていて、最後にはその漫画が生きてくる作りとなっていて、監督のセンスがうかがわれる。役者も、ジョン・レグイザモとか、脇役だけど、すきなテイストの役者が出ている。ジェイソン・ボーンにも出てくるような、その殺人マシーンの「育ての母」みたいなオサン・エージェントが出てくるが、本作のオバサンの方がかっこいい。


 それに何より、本作は今どき珍しい純愛の物語にもなっていて、ガチで(この言葉の使い方はこれでいいのか?)愛し合うカップルの姿に好感が持てる。ダメ男と同棲している女(実は彼女もCIA(笑)で、ジェシーは知らない。素の彼女を愛している)を、クリスティン・スチュワートが演じているが、これがお似合いなのである。ジェシーは、ミア・ワシコウスカとつきあっているというウワサがあったが、クリスティンの方がお似合いである。そして、結婚申し込み用に指輪を渡そうと考えているが渡すタイミングを計りかねている。そして、絶妙な時にそれを渡す──。


 30過ぎているのに、童顔で、体も「一見貧弱」のジェシー。存外「痩せマッチョ」ではないかと思っている。いかにもフリーター風のよれよれスタイルを、最後はオールバックとスーツでキメてくれるジェシーの、妙なフェロモンに酔う私だった(笑)。

 


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