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『ヤング・アダルト・ニューヨーク』──四十にして惑う(笑)(★★★★★) [映画レビュー]

『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(ノア・バームバック監督、2014年、原題『WHILE WE'RE YOUNG』)


 


 原題は、『While we're young』(「若いうちに」)。舞台はニューヨークの、おもにブルックリン。『ニューヨーク、眺めのいい部屋売ります』の、ダイアン・キートンとモーガン・フリーマンの夫婦の20年前のような夫婦が、ナオミ・ワッツと、ベン・スティラーの夫婦である。彼らは、20年後には、熟成されて、いい味の夫婦になるのだが、今は、40代、若さの片鱗が彼らを惑わせる。その惑いを描いた映画だ。そういう意味では、「反論語的」映画と言える(笑)。


 その40代の夫婦が、20代の夫婦と知り合い、「家族ぐるみ」でつきあい始めるが、その20代は、彼らの20年前というわけではない。おそらくこのカップルは、20年後には別れてしまっているかもしれない。そういう調子のいいカップル。成功のためならなんでもする、ということが、やがてわかってくる。


 若いカップルの男の方、キアヌ・リーブスに似ているが、なんか顔相の悪い、すきになれない顔だと思ったら、こないだの『スター・ウォーズ』で、カイロ・レンになったやつだった(笑)。とにかく、この男が、主人公のスティラーと同じ、ドキュメンタリー作家で、スティラーの教えるアート・スクールに、アマンダ・セイフリッドの若妻とともに聴講に来て、積極的にスティラーに近づいてくる。アート・スクールで講師をしているものの、スティラーは、8年も新作を作ってない。一方、彼の妻のナオミ・ワッツの父は、すでに功成り名遂げたドキュメンタリー作家で、ナオミは、そのプロデューサーをしている。


 結局、カイロ・レンは、もとい、アダム・ドライバーは、ナオミの父を目標にしていたのであり、そのやり方は、ドキュメンタリーながら、「やらせ」であった。ベンは、そこのところを譲れず、孤立していく。


 一方、ベン夫妻と年相応の友人たちは、遅ればせの「子育て」を始め、赤ちゃんイベントなどに参加して、それなりに人生を謳歌している。ナオミは何度か流産して、もう苦しみたくないと思っている──。


 苦い、人生は苦い。しかし、世の中には愛し合っている夫婦もいて、愛が確かなら、二人で成長できる。監督、脚本のノア・バームバックは、ポスト・ウディ・アレンと言われているそうだが、どうでしょー? ちょっと「ガチ」すぎませんか? 「ガチ」って言葉、こういうふうに使うのかどうか、わかりませんが(笑)。

 


【詩】「土地日記」 [詩]

【詩】「土地日記」


 


享保九年午六月、深川八幡社地の相撲(すまひ)番附を見しに、成瀬川土左衛門〔奥州産〕前頭のはじめにあり。案るに、江戸の方言に、溺死の者を土左衛門と云は、成瀬川肥大ゆゑに、水死して渾身ふくれふとりたるを、土左衛門の如しと、戯(たはぶれ)いひしが、つひに方言となりしと云。(山東京伝『近世奇跡考』〔十四〕)


 


私の家では、昭和三十年代、駄菓子屋を営んでおりました。駄菓子屋といって、父母が結婚して住んだ借家の、もとは隣家の大家の、倉庫用の家屋で、がらりとガラス戸を開ければ、すぐに畳の間のある六畳、四畳半、台所の家で、その狭い三和土の一部に板を張り、菓子パンや油菓子、鉛筆キャップや消しゴムなどの、ちょっとした文房具も置いていました。新聞紙でこさえた袋を束ねて、そのなかに相撲取りなどの、今で言う、カード、当地の言葉で、「パンキイ」、さあ、「標準語」では、メンコ? や、「当たり」は、少年雑誌の付録の漫画本が入っておりました。触れば、わかるのですが(笑)。さて、幼少時の私は、自分の家の金を払わぬ客で、そのクジを引くと、薄い漫画本、栃錦の伝記が入っていました。栃錦というは、私もよくはしらぬ強い相撲取りで、当時、年端もいかぬ私は、とちにしきのことを、「とちにっき」と呼んでおりました。


とちにっき。土地日記──。


すぐ近くには、とよがわ(豊川)という一級河川が流れ、まだちゃんとした堤防はできていないところに、「想定外」の台風がやってきて、豊川は決壊、支流より、溺死人がいく体か流れてきました。真っ白で、腹はふくれて、そう、成瀬川土左衛門のようだったと記憶しております。


──そして、どんなことにも負けない栃錦は、ある日、おかみさんに「白れんが」を買ってきておくれと、おつかいを頼まれ、真面目に、白いれんがを探したエピソードが、その漫画にあった。白れんがとは、果たして、豆腐のことであった。


遠い、その力点。時間の中の男、栃錦。そう、江戸時代から、それほど時間が経ったとも思えない時代のことであった──。


そして、母の実家がある、愛知県三河一宮の飯田線の小さな駅を降りれば、「成瀬さん」なる八百屋、お菓子もおいている、があったのだった。「成瀬川肥大ゆゑに」。はて、いかに肥大であったか。しかしその肉はすでに滅びて、たった三つの文字となって残りぬ。


 


【詩】「夜へ」 [詩]

【詩】「夜へ」


 


夜よ、その神話の傷を銀河のなかに刻ませたまえ


闇一族のつぶやきを聞き取り光の版図を見せたまえ


夜よ、夜へ、夜と名づけたものへ


夜よ、反重力の条文を燃え尽きた円環のなかに返したまえ


たとえそれが、ガス室で死んでいく犬の生の最後の輝きだとしても


その透明な表面にわが父たちの肖像を映せ

 



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