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けふの一句@20161125 [俳句]



 秋深き犬には犬の思ひあり





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『ガール・オン・ザ・トレイン』──こんな映画に出ていてはいかん>ブラント(★) [映画レビュー]

『ガール・オン・ザ・トレイン』(テイト・テイラー監督、 2016、原題『THE GIRL ON THE TRAIN』)


 


『その女アレックス』という本も「世界的ベストセラー」だそうだが、稚拙でくだらなかった。だから本作の原作も、「世界的ベストセラー」だそうだが、稚拙でくだらない、ということは、この映画化作品をから十分に予想される。本作の最大の欠陥は、ミステリーなのに、伏線が皆無(爆)だということにつきる。おしまい。


 


 だとあまりに短いからもう少し足すと、主役のバツイチアル中女を演じる、エミリー・ブラントは悪くない。むしろ、ただただ彼女の演技(と知名度)に「のみ」負っている映画で、監督、脚本、なんら努力をしていない。


 結局、本作は、関係ない女たち三人が、一人のゲスな男という「共通点」によって結ばれ、やがて、間接的な「友情」を育む形になって終わるが、いかにゲスとはいえ、男優が魅力なさすぎる。なんで、こんな男に執着? なんでこんな男に惹かれた? と、不思議はいっぱい。思いのほかの低予算で、ろくな俳優を集められなかったのだろうことは想像に難くない。そもそも、こんな作品を映画化しようとしたことが、ハナからの間違い。


 予告篇ではなにかありげで、これまでも、りりしい姿のエミリー・ブラントの、ハードボイルドものがわりあいよかったので、つい観てしまった。ブラントも、こんな映画に出演したことによって格を下げ、今後のオファーに影響するかも……。ことほどさように、俳優にとっては、どんな映画に出るかは、キャリア形成の要となるので、ご用心! 


 さらに、本原作は、非番の刑事が電車の中から、あるビルの部屋の殺人を見かける、ウィリアム・アイリッシュの短編「高架殺人」のパクりかもしれない。


 

 


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ルネ・シャール『形の共有』Ⅲ [訳詩]

ルネ・シャール「形の共有」


 



 


詩人はなんでも区別なく、敗北を勝利に、勝利を敗北に、変える、ただ空を集めることのみ気にかけている生まれる前の皇帝。


 


Rene Char " Partage Formel"


 



 


  Le poete transforme indifferemment la defaite en victoire, la victoire en defaite, empereur prenatal seulement soucieux du recueil de l'azur.

 

IMG_1887.JPG



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「わが夜の詩人たち」 [詩]

『わが夜の詩人たち』

「谷川雁」

 飯島耕一が「るしおる」という冊子に書いた「定型論争」の資料を、谷川雁が読みたがっているので貸してくれと、知り合いの編集者が言ってきたのでお貸ししたら、その後、谷川雁はお亡くなりになって、ついにその冊子は返ってこなかった。あの世までお持ちになったのであらうか。くまったもんだ。そして、私は、谷川雁がどんな詩を書いているのか知らない。さらに、くまったもんだ。



「石原吉郎」

 大学四年あたりから卒業して一年くらい、詩の雑誌に投稿していて、石原吉郎という詩人にずいぶんひいきにしてもらった(らしい)。のちに同人となった人が、「まるで孫娘みたいに眼をかけていて」などと言われた。私は、石原吉郎がどんな詩人か、知らなかった。



「大岡信」

 昔同人誌の同人のひとりに、「大岡信の家に遊びに行きませんか?」と言われた。自分が何者でもないのに、会いにいくのはどんなものかと思って断った。しかし、大岡信と口を聞いたことはある。早稲田小劇場の利賀村の芝居で、招待客は列を作っていて、私は熱烈なファンで会員だったので、その招待客のすぐ後ろぐらいの番号だった。「あ、大岡信だ」と思ったが、番号を聞くことにした。「すみません、何番ですか?」と言って、自分の番号札を見せた。大岡信はそれをのぞき込み、「×番……ぼくの後ろだ」と言ってくれた。さっぱりとしたよい人だと思った。私は大岡信を愛読していた。



「田村隆一」

 知り合いの編集者が「田村隆一は自分の恩人だ」と言った。結婚式にも来てもらったらしい。しかし私がそれを聞いた時、すでに田村隆一は、「書斎の死体」だった。いろいろあった人のようだ。急に近くなったような気がして、詩集を開くと、あれこれ連想してしまって、もう普通の読者にはなれないのだった。



「篠田一士」

 篠田一士は、詩を熱愛していたと思う。『現代詩髄脳』とか『現代詩人ナントカ』という著書があり、どれもこってり、詩と詩人のことで埋め尽くされ、氏の生前の肉体のように、脂が詰まっている。文章もそうで、半分は脂だ。
 当然、この人との間にも、たった一人の人しかいないので、すぐに触れる人のように思える(だが、決して触りたくはないが)。


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けふの一首@20161115 [短歌]



    交はつてスーパームーンを眺めたい
       すでに死んでる私だけれど


『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK 』──アウトローを守るのは法律(★★★★★) [映画レビュー]

『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK 』(エドワード・ズウィック監督、2016年、原題『JACK REACHER: NEVER GO BACK』)


 


 アメリカは法律の国である。日本の単純な法律とは大違いで、さまざまな立場でも、法律を使って自分の身を守ることができるし、これに詳しいものがサバイバルできるし、論理的に弁がたたなければならない。といっても、本編の主役の、ジャック・リーチャーが、法律に詳しく、論をまくし立てるわけではない。そういうことが、おのずと理解されるような構造になっている映画である。


 


 かつては、軍に所属し、数々の功績を残したリーチャーは、「ある日軍服が体に合わなく」なり、退職して、いまは放浪の生活を送る。


 とある飲食店の前で、ケンカに巻き込まれて二人ほどを倒し、店のカウンターに座っていたところ、住人の通報でやってきた保安官に逮捕される。されながら、「二つのことがおこる。一、電話が鳴る。二、おまえは逮捕される」と、保安官に向かって不敵な表情で言う。実際にそのとおりなる、予告編で流れるシーンは、冒頭で終わる。


 


 軍の敷地内では、軍の法規と警察が優先される。リーチャーは、アウトローなれど、少佐以上の地位にあるものは、退役しても、ある条件下で、復帰しなければならないという法律がある。ゆえに、リーチャーは、ただの与太者ではなく、軍に縛られ、介入を許され、また守られてもいく。


 


 「敵」は、アラブでもロシアでもなく、なんと、敵の軍に武器を横流ししていた、将軍だったのである。この将軍が、この事実を知った戦場の兵士を殺害し、その上官の少佐(コビー・スマルダーズ)をスパイ容疑で逮捕する。ほかに、リーチャーと同じように、退役し一匹狼になっている凄腕殺し屋をあやつって、その陰謀を暴こうとするものすべてを消そうとする。


 まあ、どうせ、ありがちなハデなアクションがあるのだが、今回、注目は、ターナー少佐こと、女性の、コビー・スマルダーのアクションがすばらしいことと、ジャックとターナー少佐が、逃亡しながらホテルに同宿したりするのだが、ストイックな関係を保ち続けるということ、ジャックの子どもだと、軍に援助を申し入れた女の娘に接して、ターナー少佐と、ティーンエージャーの女の子とジャックと三人の心触れあう逃亡の旅に出ながら、ジャックは、父親のように女の子に接するものの、実際は、彼の子どもではないということ、など。


 『ミッション・インポッシブル』のイーサン・ハントのどこか遊んでいるような微笑みはそこにはなくて、終始禁欲的な表情のトム・クルーズは、アクション映画は、お年からいって限界かなと思いながら、ついもう一作と、観客に欲をかかせるだけの魅力がまだ残っている。

 


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『手紙は憶えている 』──認知症探ってみればナチスかな(★★★★★)(ネタバレ注意!) [映画レビュー]

『手紙は憶えている』(アトム・エゴヤン監督、2015年、原題『REMEMBER』)



 元ナチス親衛隊も、南米などに逃げ、ユダヤ協会などの執拗な追跡で捕まり、多くの老人が、人道を犯した罪(時効なし)の裁判にかけられている(ハーグの人道裁判所など)。すでにそうした老人も高齢に達し、本作のように記憶が定かでなくなっているだろう。ナチスの殲滅収容所を生き延びた人々とて同じであるが、こちらは、当時子どもだった人もいるので、まだ、ナチス関係者で権力を持っていた人たちより、記憶も確かな人がいるだろう。


 そうした状況の今、やはり一人の収容所サバイバーの老人が、老人ホームに二人いて、一人は記憶は確かなれど、車椅子生活を余儀なくされている。もう一人は歩けるけれど、認知症を患って、日に日に記憶は薄れている。従って、歩けない方の一人が、彼らの家族を死に追いやった、ナチスの男、ルディ・コランダーを探すよう、歩ける方に託す。しかし歩ける方は、朝目覚める度に記憶を失っていく。従って、車椅子の方は、かなり周到な準備(行く先のホテルの支払い、銃の入手方法など)をしておいてやって、おまけに手紙を渡し、その手紙を一日一日読めば、自分のしていること、目的などがわかるようにしてやる。


 果たして、その憎き仇、「ルディ・コランダー」を探す旅に出る、ゼブ・グッドマンことクリストファー・プラマーは、「ネズミの嫁入り」のように、三人のルディ・コランダーを渡り歩く──。


 


 結局、本作のキャッチコピーにあった、「想像を絶する結末」ですでに想像できるように(笑)、そう、もしかしたらのそれ、ゼブ・グッドマンこそが、そのナチスだったのだ。そうして、やっと出会ったほんものの、ルディ・コランダーは彼の仲間だったのだ。腕の数字の入れ墨は、逃げるために、わざと二人で彫り合ったのだった。それを、ルディから明かされたゼブは、ルディを撃ち、自分の頭をも打ち抜く。二人のナチを成敗したのは、車椅子の真の被害者だった──。


 


 本作は、さまざまな問題を提起しているが、とりわけ注目されるのは、ありふれたナチスものではなく、やはり認知症という老人問題である。薄れていく記憶のなかで、クリストファー・プラマーは、銃の腕だけは狂ってなくて、二人目のコランダー候補(すでに死亡)の家で、やはりネオナチの息子に「ユダヤ人」だと気づかれて、殺されそうになると、逆に用意していた銃でその男を倒す。それが胸と頭(銃の基本)と二度命中し、確実に死に至らしめる方法を「手は憶えていた」。


 認知症という状況のなかで、人の記憶は、いったいどんな意味を持ち、その過去を裁くことはいかなることになるのか──犯罪が、ただ加害者と被害者と、くっきり色分けできない世界を、エジプト人、アトム・エゴヤン監督は、『デビルズノット』『白い沈黙』と、三作続けて描いている。

 

 



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【詩】「にちにちのはいしん」 [詩]

「にちにちのはいしん」


 


小学校のときかよちゃんが


くちばしっていた


にちにちのはいしんということばが


わたしのきおくのでーたべーすに入り込み


何十年経ったあとも


意味もなくふいに


立ち上がってくるのだった。


はたしてそれは、年の離れた兄姉のいる


かよちゃんが見ていたテレビドラマで、


やまぐちひとみとか、ああいったさっかの


げんさくだったと思うが──。


日日の背信。


いまその言葉は成長し成熟し、


私の隣りに座り、


昔からの愛人のように、


おおきな顔をして、


シングルモルトなどを


飲んでいるのだった。

 



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【詩】「さつじんじんけん」 [詩]

「殺人事件」萩原朔太郎


 


とほい空でぴすとるが鳴る。


またぴすとるが鳴る。


ああ私の探偵は玻璃の衣装をきて、


こひびとの窓からしのびこむ、


床は晶玉、


ゆびとゆびとのあひだから、


まつさをの血がながれてゐる、


かなしい女の屍体のうへで、


つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。


 


しもつき上旬(はじめ)のある朝、


探偵は玻璃の衣装をきて、


街の十字巷路(よつつじ)を曲つた。


十字巷路に秋のふんすゐ、


はやひとり探偵はうれひをかんず。


 


みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、


曲者(くせもの)はいつさんにすべつてゆく。


 


******


 


「さつじんじけん」


 


うしろから突かれる


とおいさつじんじけん


を思いながら


かんびをむさぼる


人格はとうに崩壊して


自我は溶け合う


若い男の強い肉体は


果汁のように


よろこびというものを目覚めさせて


女探偵は本日休業

 

 


 


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