So-net無料ブログ作成
検索選択

『おとなの事情 』──イタリア的なあまりにイタリア的な(★★★★★) [映画レビュー]

『おとなの事情』(パオロ・ジェノヴェーゼ監督、2016年、原題『PERFETTI SCONOSCIUTI/PERFECT STRANGERS』)


 


 月食の夜、夫婦単位の会食パーティー。獣医の女性とタクシー運転手(ヨーロッパ先進国は、車の「持ち込み」が多く、誇りを持った職業)の男性は、25ユーロの有機ワインを持って行く。「会場」は、整形外科医の夫と、心理カウンセラーの妻のカップルのアパートメント。ほかのメンバーは、弁護士の夫と、なんの職業か忘れたが(笑)、それなりに活発で知的な妻。彼らの「おみやげ」は、手製のティラミス。でっかいスクェアな容器に入っている。まずは三組のカップルが集まって、食べながら、いろいろ近況などを話し合う。最初の方で、医者のカップルの反抗期の17歳の娘がデートにでかけていく場面がある。娘と母の関係はよくない。母は娘とボーイフレンドの関係を心配している。


 あとひとり、彼女ができたばかりの男を待つが、彼女は風邪引きで来られないといって男だけ来る。みんなはどんな彼女か期待していたのだが。


 やがて彼らは、互いの「お悩み」なんぞを話し合い、ときどき隠れゆく月をバルコニーから眺め……お料理をつまんで……まあ、豪勢なマンションである。キッチン、リビング、食堂が、ちょっとしたしきりに隔てられながら、解放的でもなく閉塞的もなく、空間の感じが心地よい。


 カウンセラーの妻(エヴァ)が、ちょっとしたゲームを提案する。その前に、最近ハイテク事情について、ちょいと世間バナシをする。WindowsとMacの、どっちが「男」で、どっちが「女」か、なんて考えたこともなかったが、さすがイタリア人である。そしてこのゲームも、やっぱりイタリア人しか考えつかないかもしれない。自分たちのスマホをテーブルに出して、かかって来た電話に出て、スピーカーにして話そうということ。べつにやましいことがないなら、できるでしょ? てなもんである。みんな、いいよ、いいよ、と気安く言ってみせるが、しだいに……。


 かかってくる電話は、ひとつひとつ、複雑な「秘密」を明るみに出す。おもろうて、やがておそろしきスマホかな。である。夫婦はしだいにバラバラになっていく。彼女が来られなかった男の、彼女とは「彼」だった、とか(笑)。


 泣き、わめき、パーティーは修羅場と化す。いっしょに来たカップルたちはバラバラで帰る……と、思いきや、結局はもと来た相手と帰宅する面々だったが、スマホには愛人からのメールが入り、ちゃっかり答えている面々だった……って、なんなのこれ? 日本では絶対にあり得ない、映画でした。住宅も含めて。まず、日本の住宅では、同じようなスジが展開しても、どこかおしゃれな、乾いた感じにはならないだろう。べつの陰気な物語になっていってしまう(爆)。



 


【詩】「鯨」 [詩]

「鯨」

 

ナンタケットと言えば、鯨。鯨を求めて、ここから船出する集積地。そこはきっと鯨の脂にまみれている。『モーヴィー・ディック(白鯨)』(1851年刊)よりはるかに早く、エドガー・アラン・ポーも、この地の名を冠した長編(!)を書いている(「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」(1837年〜38年))。逆に言えば、だからこそ、ナンタケットなどと、すらすら出てくると言える。果たして、何が言いたくて、この詩を書き始めたのか──?

 

海、深い青黒い海、鯨、捕鯨、嵐、凪、幻、食糧不足、餓死、人肉食、海、深い緑の海、鯨油業で成り立っている町……。

 

集合名詞としての鯨。そんな巨大な「サカナ」から、なぜ明かりの材料を取り出そうとしたのか? 

 

そして二人の作家、ハーマン・メルヴィル(1819年〜1891年)と、エドガー・アラン・ポー(1809年〜1849年)は、一個の鯨に注目する。

 

人生という脂にまみれ、創作という幻を見、死へ帰還する。歴史という海は、ようやく動きはじめる。夥しい事象の漂流物の下。

 

鯨よ、鯨よ。私はまだ、その極めて小さな種類のおまえにも、水族館ですら対面できないでいる、保育園の遠足不参加に丸を付けた紙を、通園かばんに入れている園児だ。だがいつか、ナンタケットのはるか沖の大西洋上で、最も巨大なおまえに出会いたいと思っている。

 



『文芸 2017年 08 月号 』──目玉、「新連載 最果タヒ」は……(★) [Book]

『文芸 2017年 08 月号 』(河出書房新社、2017年7月7日刊)


 


(雑誌名は、『文藝』と旧字だが、Amazonは新字表記している)


 


「季刊」なのに、あえて「連載」には、なんの意味があるのか? 向こう何回かの「人気作家」の囲い込み? その「一回目」、「パパララレレルル」は、「パラレル」をピコ太郎っぽく言ってるだけ(爆)。しかしてその内容は、昔の大御所の「連作」風小題のついた、詩にしては、俗っぽく、小説にしては破綻。こらえ性がなく、権威主義の、一般読者向け。


 「現代文学地図」は、今の「有名作家」と「文藝」が決めた、百何人の作家を、傾向などによって四次元グラフ風グラフのなかに、鏤めている。このようなものを、金を出して見ようという読者は、どれだけ、ヒマと金がある人々なのだろう?(あ、私は当然立ち読み、1分です(笑))



『新潮 2017年 08 月号』──文芸誌の終わり(★) [Book]

『新潮2017年08月号』(  2017年7月7日、新潮社刊)

 

 かつては作家志望者のあこがれであった、大手出版社の文芸誌。採算は取れなくとも、それを持っているかどうかで、出版社のハクもついた。しかし、すでに、集英社の『すばる』は、『現代詩手帖』と化し(笑)、ジュンク堂福岡店の店頭にはない。手に取った記憶では、内容まで、「現代詩手帖」のように、詩の特集があり、詩人たちが朗読について鼎談をしていた。『群像』の今号の「目玉」は、『新潮』を生息地としていた古井由吉が、河岸を変え(?)、連載を始めたことで、冒頭はその作品だったが、日本人作家お得意の「連作」形式であった。つまり、短編をいくつか重ねて、「ニュアンス」で長編にしていこうというやつである。構成を熟考する必要もなければ、キャラを作る必要もない。「大御所」「有名作家」を呼んできて、なにか具につかないことを書かせればいい。それは、短編にもいえて、本誌冒頭の川上未映子の、どーでもいいような世界を、凡庸な文章で書いた作品にもうんざりである。本誌で「なにかありげな」浅田彰、東浩紀、千葉雅也の鼎談は、よその場所で行われた、「浅田彰還暦記念」(笑)の鼎談を、一部割愛して掲載したものである。題名が、「トゥルースなんたら」とあったので、私などは、ドゥルーズと読んでしまって、もう少し読みでのあるなにものかかしら?とやや期待した。この三人は、最高学府で、おフランス現代思想を専攻し、留学もできて、そこで、日本人の一般読者より先に「現代思想」に触れたのを、日本向けに「書き直し」てブームになった方々である。それは明治維新の外国文学輸入に、少しは似ているかもしれない。

 連載、コネ吹……もとい、朝吹真理子のだらだら文章にもうんざり、オバマが広島を訪れたことを、契約結婚して子孫を残そうとしている「夫婦」?の一人が、そんなテレビだかなにかを見ていろいろもの思うのでなにか、思想とか政治的なことを語っていると思ったら大間違いだ。この作家は、1984年生まれで、33歳ぐらいになるのだが、まったく同じトシの男性で、Facebookで、作品を発表し、かなりグレているやつを私は長い間「観察」(笑)してきが、才能はむしろ、その男に多くあると感じられるが、職もなく、しかし実家はそれなりに支えてくれているほど貧しくはないのだろうが、ケンカをしては豚箱に入り、精神病院にも入っていたようで、最近は念願の童貞も捨てたようだが、どーだろうー? 彼は、彼があこがれる無頼派作家、ブコウフスキーのように無事、才能のきらめきのなかで「夭折」できるだろうか? 

 あ、そういえば、かつては純文学作家だった、佐藤正午さんが、デビュー34年でやっと「直木賞」をお取りになったようですが、彼には、「岩波書店」という強い味方もついていたようであるが。果たして、そんなふうになれる道ももはやあるようには思えない。

 文芸誌は、既に名のある人か、話題の若者の、巣窟となっており、一度つかんだチャンスはゼッタイに放しそうにない必死さが、凡庸の文章の行間に滲んでいる。ついでに言えば、季刊の『文芸』は、判で押したように、最果タヒの連載開始であるが、この詩とも短編ともつかない短い文章の寄せ集めは、なるほど、「映画化」も可能であろう(笑)。

 つまりは、誰も買わない。誰も読まない。読んでいるのは、作家志望者ばかり(含む自分(爆))。もう、こういう場所に一度や二度、載ったからといって、いったい誰に、「ねー、買って買って!」と言えばいいのか。もー、いいよ。自分で出版社やって、少なくとも、小林秀雄や河上徹太郎が、書いていた基準のものへ少しでも近づくことをしたいだけだ。

 トランプ大統領の前で、「ハローさえ言えなかった」と、アメリカのメディアで呆れられた、どこたらの首相夫人のような、ひどいレベルの文学状況である。あ、ついでに言えば、「サブカル」も「オワコン」である(笑)。




『井筒俊彦全集 別巻(講演音声CD付き) 』──「フランス現代思想」の前に読むべき本(★★★★★) [Book]

『井筒俊彦全集 別巻(講演音声CD付き) 』(井筒 俊彦 (著), 木下 雄介 (著)、慶應義塾大学出版会 (2016/9/6)刊)

 

井筒俊彦の声が聴きたいがために本書を購入したが、わりあい細い声が、読み込んだ文献を自在に取り出して、「現代思想」としての、真言密教を語っている。おフランスの「現代思想」を云々する前に、わが国の真言密教を勉強してから飛びついてもらいたいものである。犬の散歩時が哲学の時間となる(笑)。くりかえし聴くほどに、文字からはなかなか得られない「立体的な」哲学の姿が頭に入ってくる。


 


スティーヴン・W・ホーキング『ホーキング、ブラックホールを語る:BBCリース講義』 ──こなれ感がちがう、お得な本(★★★★★) [Book]

『ホーキング、ブラックホールを語る:BBCリース講義』(

スティーヴン・W・ ホーキング 著、佐藤 勝彦 (監修), 塩原 通緒 (翻訳)、早川書房 (2017/6/22)刊)

 

ブルーバックスのような本だと、難しい説明から入るので、導入部で投げ出してしまうが、本書は、かなり薄い本で、そのメカニズムが構造的に即座に頭に入り、かつ、宇宙の成り立ちの基本もつかめてしまう。つまりは著者の頭が抜群によく、かつ、この分野の第一人者で、しかも、ほかの文献も読み込み、こなれているという感じである。これを読まないテはない。しかも、何度でも読みたい本である。



高尾長良『影媛──古語を使用というから買ったが……(★) [Book]

『影媛』(高尾長良著、 2015年2月、新潮社刊)


 


なんのことはない、地の文は、そのへんの作文。さるインタビューでは、現在医学生の著者は、医師の道と文学を両立したいと答えていたが、どちらの分野も、ナメられたものである。虻蜂取らずが関の山だろう。






【詩】「反源氏物語」 [詩]

「反源氏物語」

 

 西暦にして1000年頃、ある物語が書かれたらしいが、それは残っていない。ではなぜそれがわかったかというと、ある天才理論物理学者がブラックホールの研究中、仮説として出した。周知の通り、量子力学では、すべての粒子は反粒子とペアになっている。理論上、宇宙空間は第11次元まで存在し、その物語は、「正」の世界の、余剰次元と呼ばれる次元、すなわち、第5次元以上に存在する。

 

 書かれた物質、紙だったら灰のようなもの

 筆記具、墨ならば、炭素

 作者、人間の痕跡

 そして何よりも、「光」は「見る」ことと同義である。光が存在しなければ、人の視覚はものを見ることはできない。

 

 しかしそれは、可能性でしかない。アインシュタインは完全に間違っていた。

 星は自らの重力で崩壊し、ブラックホールを形成し、その内部では、情報は失われる──。

 

 太陽の熱に灼かれる反歴史

 ブラックホールに消えたまま剥奪された、

 欲望

 は、物質ではないから「反」は存在せず、

 真言密教に彩られたテクストは

 全長27キロメートルの大型ハドロン衝突型加速器のなかで、

一瞬だけ浮かび上がる

 すなわち、ひとの脂がわずかに付着した反桜の花びら

 

 

 


【訳詩】ウンガレッティ「夕暮れ」 [訳詩]

「夕暮れ」 ジュゼッペ・ウンガレッティ

 

 

空のバラ色が

オアシスを目覚めさす

愛の放浪者のなかの

 

(1916年『喜び』より)

 

****

 

"Tramonto"  Giuseppe Ungaretti

 

Il carnato del cielo

sveglia oasi

al nomade d'amore

 

(1916 "L'allegria" )


yugure2.jpg






『ボンジュール、アン』──ダイアン・レインに免じて星三つに変更(★★★) [映画レビュー]

『ボンジュール、アン』(エレノア・コッポラ監督、2016年

 、原題『BONJOUR ANNE/PARIS CAN WAIT』)

 

フランスの庶民のオッサンとか、若者でもとくに風采のあがらないやつはだいたいあんなもので、何にでも蘊蓄傾けたがるし、エンゲル係数はかなり高いなー。夫がアレック・ボールドウィンで、あんなオッサン(有名な俳優かも知れないが、私は知らなかった)と浮気はありえんワ(笑)。私はもっと、すてきな景色と男性かなと思っていたら、それほど美しくもないし、判で押したような名所めぐりで、監督のコッポラ夫人、エレノア(82歳)も、なにか思い入れがあるのかもしれないけど、いかんせん、センスが古すぎる(笑)。

 

 私の観察では、フランスの(庶民の)男はだいたいこの映画のオッサンみたいにマメオクンだが、イケメンは違うんじゃないか? イケメンとつきあったことないので、なんとも言えない。これが、ギャスパー・ウリエリだったら、話はもっと別のものになってくる。いくらデブっても、まだドゥパルデューの方がマシだった。デュパルデューが次から次へ、蘊蓄を傾けながら、こってりフレンチと名酒のワインを飲みまくって、南仏を案内してくれるというのなら、これまたブラックな話になったかもしれない。

 

 しかし、誰も、魅力的な俳優は出てくれなかったのか。と思ってしまうような、相手のオッサンの魅力のなさ。52歳になっても、どこか少女っぽいまなざしと仕草を残すダイアン・レインは、ファッションのセンスもいい。こんなオッサンに、ダイアンはもったいなすぎる。仏俳優、クリストファー・ランベールとタンゴを踊って恋に落ちたダイアンなら、フランスを知らないわけじゃなし。今は3歳下のジョシュ・ブローリンを夫にして、いい男ばかりとつきあってきた彼女からしてみれば、このオッサンはないワ。しかもキスまでさせてほしくなかったナ、バーサン(爆)!

****

 

 きびきびした動作が自然で好感が持てるし、清潔感もお手本になるダイアン・レインに免じて、星三つに変更しました(笑)。



 


メッセージを送る