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【詩】「新新ドイツ零年」 [詩]

「新新ドイツ零年」

 

今更。青春18切符を使って旅するわけにはいかない(そういうオッサンもいるにはいるが)。

不快な風景や湿気に妙なロマンを見るわけにはいかない。

大都市でもなく農村でもない街を人間に見たて、長編詩を書いて見せるわけにはいかない。ましてや

学歴をロンダリングするわけにもいかず、垂れ下がったお肌のために三万円のクリームを買う金はなく、

御年六十四歳のイザベル・ユペールが体を張った強姦され役をするのに、『風姿花伝』の、「引け際が肝心」を教えたいが、本人その気なら打つ手はないだろう。

はるか先だと思っていた老年が目の前にやってきていて、レミー・コーションは、目の前の錆びた有刺鉄線を見つめるばかりだ。

だいたいにおいて、おフランスの女に「お役ご免」はない。大奥にも「定年」はあったと思うが。フランス人は、「退け時」を知らない。それはフランスの文化ではなく、フランス女は、死ぬまでじたばたあえぐだろう、女であろうとして。疲れるナ〜。

若さが書かせる詩。それで評価されてしまって、間違ってしまう生。その汗の匂いのする詩集を、遠い眼で眺めるばかりだ。宇宙とか未来とか、そんなものが金ぴかに輝いている。だけど、もはや詩のなかに書き込むわけにはいかない。

『ドイツ零年』は終わり、『新ドイツ零年』も過ぎ去った。今はドイツが力を持つ。帰れなくなったスパイではなく、帰り道を忘れたスパイ。スパイだったことも忘れ、わこうどが旅した詩集を読むともなく読んでいる。そして確かにわかっているのは、今更、格安航空の不快もなにかの特権のように思うわけにはいかないということだ。ある優越感で、低開発国(というのか、いまも)の風景を眺め、それをポエジーに変換するわけにはいかないオバサンなのよ。とゆーか、婆さんといってもいいけど。先に婆さんと認識してまった方が勝ちなのだ。いつまでもぐじぐじと女であろうとして、プチ整形したり、句会に出たり、ランチや飲み会に金使って、なにかやってるみたいにもがいて、完全なる老いがやってくるのを待っているよりは。早々とベケットのように、なにもかも放り出して、無、と戯れた方が勝ち。

 

端正な老成がほしい。若者に迎合しない老人たちには「過激な文献学」がひらかれている。

 

「ロシアなんて、たった一億四千万人しかいないのに、いったいなにができるというんですか?」と、おフランスの統計学者エマニュエル・トッド。

 

「いや、プーチンはヨーロッパでの覇権を狙っている」と、『ガーディアン』紙の記者。

 

いずれにしても、人間の「青春」は、確実にトドメを刺しておかねばならない。

 

永遠の青春が許されるのは、ギリシアの神だけだ。





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