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けふの自由律俳句@20170614 [俳句]

「ランボーのサイン真似たよ太陽がいっぱい」

(自由律俳句、だと)

 

I copy autograph of Rimbaud Plein soreil

(free-style haiku, they say...)




          E_Rimbaud_w.jpg





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けふの一句@20170401 [俳句]

【けふの一句】


 


旧山廬訪(と)へば大破や辛夷咲く


 


飯田蛇笏(『山廬集』明治参拾九年、十六句のうちの一)


 


****


 


「山廬」は、山にむすんだ庵。蛇笏が住んでいた。辛夷の句は、これ一句だけ。


 


****


 


(こぶしの花はの花びらは6枚、がく片3枚。花の大きさ、6〜10センチ、木の高さ、5〜18メートル。よく似たハクモレンは、花の大きさ、10〜15センチ、木の高さ、10〜15メートル。葉は卵倒形で葉の先が突き出ている)

 

 



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けふの一句@20161125 [俳句]



 秋深き犬には犬の思ひあり





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けふの一句@20151020 [俳句]


 秋深き隣は何をする人ぞ  芭蕉


 秋深し炭鉱離職者てふ昔あり  山下


****


(拙句は、 をり絵(草間かをり)さんの「鰯雲炭鉱からの転校生」という句にインスパイアされて作りました)


2014-11-03 11.54.31.jpg

 


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わん太の雛祭り [俳句]

 わん太(♀)のためのお雛さま。


 


    草の戸も住替(すみかは)る代ぞ雛の家     芭蕉


 


    うら店やたんすの上の雛祭     几董


 


    愛犬の息災祈り雛祭  山下

 

 

 


 


 


IMG_2788.jpg

 

 


 


 


 


 


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クリスマスの句 [俳句]

影は天(あめ)の下てる姫か月のかほ  いが上野松尾宗房@23しゃい


 


 はせを忌や月雪二百五十年  飯田蛇笏


 


 淀川や聖夜は知らず客死かな  山下


 


 この季語は良句なきかなクリスマス  山下

 

(写真は、2009年12月25日のパリ、マドレーヌ寺院)

 

 

madlaine1.jpg

 

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瀧井孝作 [俳句]

 飛騨高山出身の作家、瀧井孝作(1894〜1984)の出発点は俳句である。が、たしか、中学生の時、たまたま、高山で句会があった、河東碧梧桐(1873〜1937)に、飛び入りのような形で出した句を認められ、以後、魚問屋の店員をしながら、十代で「日本俳句」に投稿することになる。

 散文は、大阪で特許事務所の事務員だった十七歳頃、俳誌『層雲』に投稿して荻原井泉水(1884〜1976)に認められる。

 のち、芥川賞選考委員の重鎮となる。創作歴を見れば、ピカソのように早熟、長命の作家である。

 俳句は、昭和五十四年七月刊の、『瀧井孝作全集』(中央公論社)第11巻に、明治四十二年から昭和五十四年まで、70年間ぶん、1479句、収められている。その一句。大正六年(1917年(瀧井、23歳)、ソ連革命の起きた年)、11月の作、『折柴(せっさい。瀧井の俳号)句集』より。

 

 

  性慾かなしく重能の火灰を土にあける 

 

 

  二十一世紀に重能の記憶あり十三夜        山下

 

 

 

 

 

IMG_2351.JPG

 

 


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俳句の仏訳に思う [俳句]

  Gallimardから出ている『HAIKU』は、芭蕉から金子兜太あたりまでを、四季ごとに訳した、アンソロジーであるが、訳があまりよいとは言えない。訳者が、句を深く理解しているとは言えない。おそらくいちばん多く取り上げられている、芭蕉の句だけを見ていっているだけだが、疑問に思う訳が多い。たとえば、


 


 


私のすきな、


 


 旅人と我名よばれん初しぐれ


 


 であるが、本書では、


 


 Première bruine____


       j'aurai pour nom


         《le voyageur》


 


と、訳されている。直訳すると、


 


 最初の霧雨___


  私は「旅人」という名を持つだろう


 


 なんのこっちゃである(笑)。


 「しぐれ」は、brève averse d'automne でなければならない。従って、拙訳を試みると、


 


  Le voyageur


        On appelle mon nom comme ça


          Première brève averse de cet automne


 


ってな感じになる。さて、ドナルド。キーン先生の英訳を見てみよう。


 


  "Traveller"____is that


        The name I am to be called?


        The first winter rain.


 


 


 私見であるが、俳句は、というか、俳句だけでなく、あらゆる文芸は、ことばの順序は重要である。翻訳だと、意味を通りやすくするため、まま変えられることがある。しかし、詩などの場合は、できるだけ変えたくない。それで、拙訳や、キーン先生の訳が出てくる。芭蕉の原句における「詩情」とは、「旅人と、よばれん」に表出している。だから、キーン先生も、わざわざ、___is that と、一見よけないような語を用いている。拙仏訳の場合は、comme ça である。


 


 また、「よばれん」の「ん(む)」という助動詞の解釈も、仏語版の訳者は、単純に未来形、あるいは、推定ととっているようであるが、キーン氏が、「I am to be called?」と、疑問、自問しているように、作者の心情であり、「呼ぶなら呼べ」みたいな、旅人の矜持=冷たい冬の雨のなかをいく、りりしい姿の表出なのである。


 


 詩(俳句も短歌も)は、意味を書いてはだめなのである。Gallimardの仏訳は、ただの意味に還元されていて、それが、どーしよーもないのである。また、古語もちゃんと読みきっていないという点もある。しかし、まあ、こういうものでも、考える材料にはなって、勉強になる。


 


 


(ドナルド・キーン氏の英訳は、『日本文学史 近世篇一』中公文庫より引用)


 


 


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昨日(10/5)はジョブズの命日だった…… [俳句]

秋の日の大地に帰るかアップル忌


We name today "Apple day" in autumn day

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ジョブズ・ウェイ 世界を変えるリーダーシップ

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